ものろーぐな日々

徒然なるままに日暮らし PCに向かいて 心に移りゆく由無し事を そこはかとなく書きつくる

ESPER ――右耳の悪魔――

 ――なんてこった!

 俺は舌打ちをして、上空を仰いだ。いましがた、藍の空間に炎の柱がたった。と、それは急速に縮んでいく。その明かりが、キラキラと反射してドームに映っている。

 俺がいるここは、地球ではない。巨大なドームに囲まれた、ルナ・シティー。そう、月に建てられた都市だ。ここに来て、三日目のことだった……たったの!

 俺は、相次いで味方の艦が炎を吹き上げていくのを、ただ目を見開いて記憶に焼き付けることしかできなかった。

 奴らは、恐るべき確実さで地球に肉迫している。奴らが何処からやってきたのか、どのような存在なのか、皆目わかっていない。だが、最後の防衛ラインであるルナ・シティーをやられたら、我々は帰るべき母星(テラ)を失ってしまう――それだけは知っていた。

 

 ――カペー

 声がして、俺は振り向いた。眼の前の空間が歪んで、そこに音もなく同僚の姿が現れた。

 「カペー、来い。作戦会議だ」

 ――作戦会議だって?何の?もう何をやっても無駄ではないのか?!

 だが、その俺の心の叫びは、同僚には聞こえなかった。いまの我々は、敵の妨害により能力を封じられた状態にある。

 そう、俺たちは只の人間ではない。地球の最後の頼みの綱として結集された、エスパー戦団だった。

 「まったく因果な話しさ。ついこの間まで忌み嫌われていた俺たちが、奴らのおかげで超エリートにされちまった。そして、事もあろうに、俺たちを踏みつけにしてきた人間たちを守ってやらなくちゃならんとはな!」仲間の一人が、吐き捨てるように言った。

 その言葉にあからさまに首肯することは慎んでいるが、これまでの人生を振り返ると、そのセリフに同意する仲間が多いことも事実だ。恐らく俺たちがいなければ、地球はあっという間に奴らの手に落ちてしまっていたことだろう。

 「だが、我々が戦うのは、本当にあの人間たちを守ってやるためか?違う!我々は、我々のために戦うのだ、我々のテラのために!」

 それは訓練所で聞いた、リーダーの言葉だった。その言葉が、俺たちの原動力だ。

しかし、奴らは強大だった。

 

 「カペー、何をボンヤリしている」リーダーの目が、俺を射すくめた。

 ミーティングルームに現れた今日のリーダーは、珍しいことにホログラムだった。訓練のときは頻繁に顔を見せていた彼も、シティに着いてからはテラとの交信のため妨害波が及ばないよう強固に守られた司令室に詰めていることがほとんどで、作戦会議もずっとモニター越しだった。

 「は……申し訳ありません」

 「奴らの妨害波により、テレパシーはあてにできん。もっと集中して話を聞け」

 リーダーは、強力なテレパシストだと聞き及んでいた。だが戦況が変わり、敵の妨害によってテレパシーに頼ることができなくなり、その立場に留まる意味があるのか随分と悩んだらしい。……らしい、というのは、俺も直接リーダーから聞いた話ではないからだが、訓練施設の皆の口からはそのように語られていた。

 時折揺らめくリーダーの姿の右隣から、ジュリアが心配そうな瞳を向けた。訓練所から一緒だったジュリアは、クラスC+の予知能力者である。当初、戦団にはA級の能力者が選ばれて任に就いていたのだが、今般の戦況悪化によって、それがB級以上になった。そして幸か不幸か彼女はエスパーには珍しく、クレアボヤンス、テレパシー、テレキネシスなど弱いながらも数種の能力を併せ持っており、それが故、俺と同時期にシティでの任に就くことになったのだった。そんなジュリアの細く華奢な体が、今日は一際小さく見えた。

 リーダーの注意を受けたというのに、俺の心は会議中ずっと浮遊しっぱなしだった。思考が脈絡なしにあっちこっちへ飛んだ。チラチラと時折投げかけられるジュリアの視線も気になった。注意を促しているのかと思ったが、そうではないらしかった。何かに怯えた――そう、その目は恐怖の色を湛えていた。

 

 

 「カペー!」

 会議が終わるやいなや、ジュリアは飛びついてきた。

 「カペー!カペー!」

 ジュリアを異常な興奮が包んでいた。エスパーに奇矯な言動はつきもののようなところがあったが、今日のジュリアは尋常ではなかった。激しく頭を振るジュリアの右耳が、俺の右耳の突起に当たり、乾いた音を立てた。 団員は皆、右耳にコレをつけていた。ヘッドホンの片割れのようなもの――いつからつけていたのか覚えていない。戦団に入るときにつけたものだったろうか……、それとも能力が判別したときにつけたものだったか……「ESP増幅機」……今となっては生まれたときからつけていたような気さえした。

 「怖いわ、とても……。何か、恐ろしいことが起きるわ」

 「皆怖いんだ、ジュリア。俺たちにもう後はない。決戦だ」

 ジュリアは俺の手の中で激しく頭を振った。

 「違う!違うの!そうじゃない……私たち……」

 ジュリアは真っ青な瞳をいっぱいに見開いて、俺を見つめた。

 「何だい?」

 グラッと足元が大きく揺れた。奴らだ。奴らの攻撃がドームを揺るがしていた。

 「私たち、何か大きな間違いをしているんじゃないのかしら……」

 耳を劈くような轟音がして、ドームが、裂けた?!

 俺達は、とっさにエア・シールドを張った。

 ――何だって?よく聞こえないよ!

 俺はうまく伝わらないテレパシーに苛立ちながら叫んだ。

 ――私たちが戦っている相手は、もしかしたら……

 「キャアー!」

 ――ジュリア!

 ドームが、そしてシティの建物がビスケットのように砕け散り、鋭い金属片がジュリアの右半身をもぎ取っていった。

 ――カペー……

 ジュリアの声が、俺の胸に届く。その左手がゆっくりと上がり、人差し指が俺の一点を指さす。

 「ジュリア、何をする!」

 ジュリアの指の尖端から閃光が迸り、俺を貫いた――いや、貫かれたのは、俺の右耳だけだった。

 ――!!

 ドッと人々の意識が雪崩込んできた。その中にジュリアのかすかな吐息があった。

 俺の体を再び閃光が貫いた。今度は、ちゃんと、眉間と、心臓に……。だが、撃ったのはジュリアではない。ルナ・シティの崩壊が、俺をもろともに連れ去ろうとしていた。

 

 俺は、肉体を抜け出していた。

 高く、高く登った。

 眼の端にドームを捉えた。その中でチラチラと動くものが見える。時折、火花が散った。

 もっと、高く登った。

 俺は、誰かの背中を見下ろしていた。

 その人物は、小さなドームを覗き込んでいる。

 「まったく、たいしたヒーロー気取りですよ、奴らときたら」

 「まあ、ともあれ、このまま順調に行けば、同士討ちでケリがつきます」

 「素晴らしいお手並みですな、博士」

 「まったくです、強い思念波を持つ奴らに強力な暗示をかけ、更にそれが悟られないよう、テレパシー能力を封じる。奴らは互いに自分こそが地球を守っていると思い込んで、同士討ちを演じる……」

 俺は、とっさに右耳に手をやった。ジュリアは悟ったのだ、右耳の正体を!

 「皆さん、我々が躍起にならなくとも、この通りエスパーは自滅する。その力ゆえにです」

 一斉に拍手が沸き起こった。

 俺は、博士と呼ばれた男の顔を見た。その顔は……。

 

 俺は再び肉体に戻っていた。額と胸から硝煙を上げた姿で、俺は宙に浮いていた。

 「リーダー……」

 俺の体はゆっくりと前にのめった。ドームが建物を押しつぶしにかかった。やがて、俺とジュリアと、そして同胞たちを飲み込んでいった。